interview

 

「沈黙の文化」として洗練された日本文化

文化と文明の違いを説明するなら「かくし味」のあるものが文化です。高い・速いを文明の特徴とするなら、低い・遅いが文化の特徴。野菜をサラダオイルで食べるのは文明で、漬け物にして食べるのは文化。漬け物というのは、時間をかけて漬け込むわけでしょう。できあがりが遅いわけです。けれど費やした時間、つまり「刻」が「コク」に通じる。かくし味ですね。文明の素材として代表的なものがステンレスですが、これは未来永劫、変質することがない。けれど昔からある素材は時間経過によって表情を変えていく。銅は歳月につれて酸化し、茶色から緑色に変わるし、鉄も同様で、"くろがね"と呼ばれることからもわかるように黒色だったものが、あかく錆びていく。木も素木から茶色く変色していく。素材の内部にあった、かくし味が表に出てくるわけです。私は、こうした過程を「古美る」と呼んでいます。辞書によると平仮名で「古びる」となっていますが、本来は漢字で「古美る」と書くべきでしょう。内面性や精神性といったポテンシャルが、時を経ることによって正直に表に出てくることです。千利休の師である武野紹鴎が「侘」について問われたとき、「正直で慎み深く奢らぬ様をいう」と説いています。正直に古美ていくことが、日本精神の精髄である侘に通じるわけです。一見すると高級そうな名木に見立てたベニヤ板や、年月が経って古くなったり剥げたりすると、内部から別な安物の素材が露出してしまう。本皮のようなビニールクロスも、大理石のように見えるプラスチックも、正直じゃないわけですね。しかし瓦などは、いくら月日が過ぎても土の表情しか出てきません。正直に古美ていくことが、瓦の魅力になっているわけです。

「草体の道」。形式にとらわれず自由奔放に並べられた
瓦が、自然体での生き方を象徴する。
(撮影:村井修)

「沈黙の文化」として洗練された日本文化

建築家というのは、環境を創る仕事です。そもそも職業の最後につく文字で、八百屋や魚屋のように「屋」がつくのは、たんに物を売る人。設計士や技術士という「士」がつくのは技術を提供する人。そして画家や音楽家といった「家」がつくのは美学や心を伝える人のことなのです。だから建築家は、たんに箱物を建てるだけでなく、周囲の環境までも汲み取って作品を創造しなくてはならない。日本の建築が美しく潤いのある存在であり続けるよう注意しなくてはならないのです。大阪や東京のような都市が、いったん焼け野原になってしまって戦後。つまり物のなかった時代は「物」にのみ価値がありました。けれど、そうした時代は終わり、物のあふれかえった現代に重要なことは、綺麗なだけではなく、美しく「古美る」、潤いのある都市創造なのです。だからこそ古い瓦屋根の街に、いきなり派手なマンションを建てるような真似は慎まなければなりません。

私が設計した「瓦ミュージアム」のある滋賀県近江八幡は、昔ながらの古い瓦屋根が主役となった街並みです。この風景と調和するよう建物を瓦屋根としたのは当然ですが、さらに昔の瓦に倣い、黒く色むらが表出するよう焼きあげました。敷地内にある古瓦の庭は、分節化された建物の間合いを面白くするために、古瓦をいろいろな形に並べた庭園です。ここでは、有名な一休禅師の語った人生観であり、美学である「真・行・草」という三段階に沿った展開となっています。本来「家庭」とは家と庭があわさったものです。そして家を家族の語らい、言葉の空間とするならば、庭は沈黙の空間でしょう。つまり沈黙の素材である瓦こそがふさわしいわけです。

「行体の広場」は、瓦で巨大な鯉を描いた庭。人生を楽しむ、
あるいは生命を謳歌する様が、このモチーフに託されている。
(撮影:村井修)
profile

出江寛(建築家)出江建築事務所

1931年 京都府生まれ
1957年 立命館大学卒業
1959年 竹中工務店大阪本店設計部入社
1976年 竹中工務店大阪本店設計副部長退職,
出江寛建築事務所設立
1984~1994年 大阪市立大学講師
1981,84,86年 商環境デザイン賞最優秀賞受賞
1990年 商環境デザイン賞大賞受賞
1991年 吉田五十八賞受賞
1992年 第1回関西建築家大賞受賞
日本建築士連合会優秀賞受賞
第2回兵庫県さわやか街づくり賞受賞れ
1994~1999年 大阪芸術大学講師
1994年 和歌山県ふるさと建築景観賞建築部門受賞
1995年 福岡市都市景観賞受賞
中部建築賞受賞
1996年 国際建築アカデミー(IAA)特別賞受賞
大阪建築コンクール大阪府知事賞受賞
郷土賞建設大臣賞受賞
1997年 甍賞金賞通産大臣賞受賞
大阪建築コンクール大阪府知事賞受賞
1998年 日本建築士会連合会賞優秀賞受賞
大阪都市景観建築賞大阪府知事賞受賞
●主な著書
1981年 「住宅設計の詳細 数寄屋の伝統と現代 出江寛住宅作品集」
1984年 「家家」学芸出版
1986年 「無頼の花」丸善
1989年 「別冊新建築 出江寛」新建築社
1994年 「国学院大学・日本大学 入学試験問題」
1996年 「数寄屋の美学」鹿島出版会
このページのトップへ